2011年6月16日

今何をすべきなのか

3日目は東京組の友人3人と高速SAで合流し青森との県境に近い秋田県北の銘渓に来た。県道から林道にはいり渓沿いを上っていくと流石はハイシーズンの休日。至るところに釣り人と山菜採りの車がある。そんな車を縫って林道の沢沿いに駐車し、遥か100mは下方に見える目的の渓に向かって沢づたいに降りる。

膝は笑い、顔は引つり、朝にも関わらず全身から汗が出るアプローチを経てようやく東京から650km走ってたどり着いたこのポイント。下界とはかけ離れた聖地とさえ感じるこの水色と雰囲気。好反応を期待したのだが昼の退渓予定の次の沢まで二人で10匹と期待よりは少なめな釣果。でも一人で釣りをした2日間よりもずっと楽しい。午後は下流部の入渓しやすいポイントを選んだが、上に上にと向かった釣り人が残した竿抜け区間が意外にも長く午前中の倍近い結果でイブまで楽しんだ。

夜は大館のビジネスで温泉に浸かってから、タノシイ4人の宴会。釣果もそうだけど美味しいお酒がセットでないとやはりみちのくの旅はしっくりきませんな。いつまでもこんな釣りを当たり前にできると良いのだけれど、原発事故により釣り人の私たちに密接に関わるヤマメやイワナからの放射性物質の検出と言うショッキングなニュースが流れた。

所詮、釣り人は釣れれば幸せな人種なのだが、福島の一部とは言え国からキャッチ&リリースをお願いされる様な事態はあまりにも野暮った過ぎる。悠々として急げと語り、福島と新潟県境の銀山湖をこよなく愛し、C&Rをこの国に定着させたきっかけを作った開高さんは今頃天国で何を思うのだろう。僕たちに出来ることを考えて、自分の判断で行動する事の意義が改めて問われている。

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[カテゴリ] 魚のはなし

■コメント(4)

tabi@会社 (2011年6月17日 13:06)

daiyuさん、こんにちは。
一時収まっていた、なんとも言葉では
言表わせられない感情というか、空気。
また、最近になって蘇ってきました。
でも、ひとつだけ自分自身に答えを出したことがあります。

それは、自然の恵みにも限りがある事を知ることと
ミニマムな生活を心がける。そのことによって
出来る、ほんの少しの余白やノリシロかもしれないけど
それを、誰かの為に。。。
これは資源もそうだし、お金もそうだし、体力もそう。
マックスに使い切り、楽を選んだ(快適)生活が、日本をダメにしてきたと思うので
原点に返るとでもいうのかな?
だから、最小限な装備で出かけて、のりしろ分をどこかに置いてくる。
どうかな?

mi (2011年6月17日 21:50)

少欲知足というコトバがありますが、特に物質的な豊かさだけを求めた時代は
終焉を迎えるでしょうね。
いや、迎えないと、ダメなのでしょうね、こらからは。
ちょっとサカナが釣れたり、山菜が採れたり、写真が撮れたりして楽しめる
釣り人は、ある意味では模範なのかも知れません。
ま、そちらの欲にもキリがないのですが・・・

daikyu (2011年6月17日 22:05)

tabiさん こんばんは!もう3月のあの日から100日
が経とうとしているそうですが、僕もどこかにずっと同
じ様な感情を持っています。

>それは、自然の恵みにも限りがある事を知ることと。
>ミニマムな生活を心がける。そのことによって

ホントそうですよね。蛇口をひねれば水が出て、スイッ
チを入れたら電気が来るような当たり前の事をもう少し
意識していく必要がありますね。

渓魚は聖域だと勝手に思っていた自分の考え自体が
何か線引きをしていたようで反省しています。やはり
この状況は何か気づきを得ないとダメなんだと・・・・

daikyu (2011年6月17日 22:14)

miさん こんばんは。久しぶりにいろいろ考えています・・・・
目に見えないだけにどこまでが大丈夫なのか、そうでない
のか。

日本語は世界的に見ても難しい言葉だといわれてますが、
政治や東電の話を聞いていてもこの表現はどこまで咀嚼
すれば良いのかが何とも不明快です。

今出来ることを!が合言葉なのですが釣り人に今出来る事
が何なのかが明確になりません。迷走してます。


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